<ギター奏法で若者に人生を指南>
現在、アントニオ氏は、数々の団体の理事を無報酬で引き受けている。その方が、忌憚なく発言でき、本当に社会を変えるために役立つことを伝えられるからだ。同氏は、今の時代の若者は自分のことを知らなくて当たり前だが、一度自己紹介すると、あっという間にネットなどを通じて今までの履歴を調べ、打ち解けてくれる、と驚く。同氏のヒット曲の1つ「クスリルンバ」は、コーヒールンバの曲に合わせて医薬品の名前を列挙するユニークな歌だが、同曲もYou Tubeを通じ、若者の間で知られるようになった。
そんな若者たちに対して思うのが、かつて師が教えてくれたように、彼らへ人としてどう生きるべきかを伝えていきたいということだ。自分の青年時代に比べると、今の若者たちはあまりにも"生き方"を学ぶ機会を与えられなかった。だから行動力もないし、実践に裏付けられた自信もない。自信がないから夢も持てずにいる。夢がなければ世の中はだんだんと力を失ってゆくだろう。だが、それは若者たちのせいではない。自分たちの世代がきちんと"生き方"を教えてこなかったからだ、と。
現在、東京国際大学人間社会学部の客員教授として月に1度ほど特別講義を行なっている。難しい説明はしない。ただギターを抱え、弦の1本1本に名前をつけ、そのうちの1本だけを使って「さくらさくら」を弾いてみせる。次に使用する弦を増やし、同じ曲を弾く。だんだんとハーモニーが豊かになっていくことが、若者たちにも伝わる。音を正しく出すためには運指をきちんと守らねばならない。そうやって演奏を堪能してもらった後に、人との調和もこれと同じだ、と説く。弦1本だけじゃ様にならない。運指を守らなければ音が乱れる。数本で役目を守り、協力し合うからこそ、1つの美しい曲を作り上げることができる。弦を人に置き換えてみれば、わかることだ。
<詩心が乏しい時代に本物の歌を伝えたい>
鼓舞させたいのは若者だけではない。「最近、70歳過ぎにして夢ができたんですよ」とアントニオ氏。それは、「大人の遊び場」をつくることだ。といっても、遊戯施設をつくるという意味ではない。自分にできること、音楽を使って、中高年層が楽しめるようなコンサートを行ない、夢を持つ場を作るというのだ。同氏が日本の歌謡界で活躍していた時期を知る世代が、今、中高年層になって人口のなかで高い割合を占めるようになった。この世代は経済的に豊かだが、世の中に自分たちが楽しめる場所が少なくなったとも感じている。
音楽界を見渡せば、詩心がない歌が、まるで商品のように流通し消費されていく。コンサートでは、音楽が会場の空気を振動させパフォーマンスを盛り上げるための手段になってしまってもいる。昔の歌を知っている世代は、若い頃に聞いた詩心のある歌を聞きたいと思っている、それを叶えるのが自分の役目だと確信している。
一過性の流行り歌ではなく、いつまでも受け継がれる歌を、今、広めたい、という思いが行動力の源になる。キューバへの支援も引き続き行なっている。今は、ギターを100台贈るための準備中だ。「音楽による革命を」という夢は国内外に輪を広げる。70歳過ぎにして得た夢は、大きく、そして平和だ。
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<プロフィール>
アントニオ・古賀
1941年生まれ。世界の舞台で活躍する熟練の歌手、ギタリスト。(株)A.Kプランニング代表として、音楽活動を行なう。8歳のときにギターを始め、日本を代表する作詞家、古賀政男氏の直弟子となる。日本ラテンアメリカ音楽協会 理事長、(財)古賀政男音楽文化振興財団理事、≪高齢者文化振興事業団≫(社)虹の会理事長など、多くの肩書きも持つ。
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